Yasuko Kumazawa Architect Office

埼玉の前川建築

19.09/13 [ 日々 ]

埼玉に残る前川國男設計による建築。
行こうと思えばいつでも行ける距離ですが、なかなか機会がなく訪れずにいました。
浦和で始まる計画の敷地調査の際、ようやく立ち寄りました。
まずは、埼玉県立博物館(1971年竣工)。


平面図がまるで一筆書きのように大変シンプルで美しい建物です。
打ち込みタイルが外壁だけでなく、内壁にも使われており、外部と内部の区別が曖昧で建物全体が一つの広場のよう。
展示空間は地下にあり、吹き抜けの部分は西洋の遺跡を思わせます。
西洋の広場と日本的な水平への広がりが融合していて、とても落ち着きのある空間。

次に埼玉会館(1966年竣工)


これは、前川國男がコルビュジエのアトリエを辞めて日本に戻った頃の作品。
コルビュジエの影響が色濃く感じられ、まるでフランスにいるよう。
埼玉県立博物館が実直であるのと対照的に、とても色気のある建物。
生き生きとした前川さんの情熱が感じられました。
その納まりの密度といったら、半端ない。
こんなにも手のかけられた建築は残念ながら、今日作られることはほとんどありません。
じっくり造られたものにしか宿らない魅力。

また、度々訪れたい場所です。




つくるということ

19.09/06 [ 日々 ]


最近読んだ本に、常日頃、感じていたことがちゃんと言葉で表現されていました。
本にはこんなふうにあります。

ちゃんと「ものを作る」という作業は葛藤を不可避とする。
葛藤は時間の別名である。
「時間をかける」とはすなわち「自分の都合」だけで生きてしまう人間の「思い込み」という美しからぬ異物を取り去るための行為なのです。
「葛藤、ためらいは完成のための研磨剤」

さらにこんなふうに続きます。

ところが人間はある時、この「時間がかかる」を「人間の欠点」と思うようになりました。
機械化による大量生産は、ものを作る人間から、「ためらい」という時間を奪いました。
ものを作りながら「ためらい」という研磨剤でろくでもない「思い込み」を削り落とし「完成=美しい」というゴールへ近づけるプロセスを排除してしまいました。

今の世の中はこのように、時間をかけることが少なくなり、コンビニエントなことが求められます。
観念がそのまま形になってしまったものが氾濫し、美しくないもので満ち溢れています。

時間的短絡は本当にいいもの、美しいものを生み出しはしないのだと思います。

先日、静岡県藤枝、山間部の集落にお住いの建主に、プランを提案させていただきました。
最初の打ち合わせから2ヶ月半ほど時間をいただいてからのご提案でしたが、沢山時間をかけたことに対して、逆に大きな感謝の言葉をいただきました。

世の中の短絡的なことに反抗して、時間をかけるを大切にしてきたことが間違っていなかったと確信でき嬉しく思います。







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